指輪は男の装身具

「指輪は男の装身具」

と聞くと、日本人は違和感を覚えると思います。「えっ?指輪って女性のモノじゃないの?」という意見が大多数でしょう。

一応、指輪の専門家の小職(Philip College Ring代表:渕上)としまして、薄っぺらいながらもアカデミックに「男の装身具:指輪」を論じてみたいと思います。

そもそもなんですが、貴金属装身具の文化が日本では未熟のままです。あまりキモチの良い言い方ではありませんが「装身具後進国」。ショックを感じる方もいらっしゃるカモですね・・・でも事実です。

日本人が貴金属装身具を身につけるようになったのは戦後の高度成長期以降の約半世紀ほど前ですが、欧米ではシーザーやクレオパトラの時代には金銀宝石を散りばめた装身具が着用されていました。良く目にする古代エジプトの壁画にもそれが描かれています。

クレオパトラの壁画や記録などから作られた精密な再現画をみると、金の女王冠や首飾り、耳飾り。サンゴ、ターコイズ、ラピスラズリが色飾りに使われていた事がわかります。

つまり紀元前30年頃には金属の錬金・鍛造・鋳造・彫刻技術があり、採掘された色石をカットして飾り付ける宝石処理の初歩的技術が存在していたという証左です。

フランスの名優アラン・ドロンの演じたユリウス・シーザー。クレオパトラと同時代を生きた有名な王ですが、ゴツい金のシグネットリングをしています。

このように紀元前後からほぼ全世界・全民族的に歴史上様々な装身具の記録があるにも関わらず、日本での装身具の記録はほとんどありません。

装身具が発達しなかったのです。安土桃山時代に来日し、織田信長や豊臣秀吉とも接見したとされ、「日本史」の著作で欧州では有名なたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、『日欧文化比較論』のなかで「我々の間では真珠は装身具の材料に用いるが、日本では製薬のために搗き砕くより他には使用されない。また、ヨーロッパ人が好む宝石の装身具なども一切つけず、金銀で作った装身具も一切身に着けない」と述べ、西洋文化と日本文化の違いについて言及しています。

フロイトの銅像
日本史の表紙

民族学上でも「日本における装身具の消滅」という学説があるほどです。弥生時代には、貝塚などから骨や貝の首飾りらしきものが出土されていながら、その後、指輪・首飾り・耳飾り・腕輪などの装身具が史実に登場しない事をさします。なぜ、日本で装身具が発達しなかったのか?には諸説ありますが、有力なのは3種の神器に装身具(ペンダント?)とされる勾玉があり、装身具は王族(天皇家)のみに許されたモノという概念によると言われています。その勾玉は、天皇家にとっても儀式的な道具であり、決して日常着用する装身具では無かったようです。

日本では明治以降に西洋からごくごく一部の富裕層(皇室や貴族向け)に若干の貴金属装身具の流入があった以外はというと、WW2終戦の1945年以降にようやく外国映画などによって貴金属宝石の「指輪」「首飾り」「腕輪」「耳飾り」の存在が認知されたものの、当時はまだ金銀装身具は「誰もが買える」品ではありませんでした。

明治時代の貴族女性の正装
欧米との社交場の鹿鳴館の屏風絵

円ドル相場の自由化(プラザ合意)と輸入自由化後の1980年代後半から為替と関税の激変で中間所得層でも貴金属装身具が購入出来るようになり広まった・・・・というのが日本の装身具史でしょう。繁華街の道端で、外国人の露天商がシルバーアクセを売っていた・・・という情景は、1980年後半以降のモノです。

「数千年の装身具の歴史を持つ欧米vs数十年の歴史しかない日本」ですので、日本の装身具市場は圧倒的に「未成熟」で「後進国」と言っても客観的に過言ではありません。

未成熟ゆえに日本では「指輪」は女性のモノ・・・という概念が支配的です。しかし、歴史的に見ても指輪は男の装身具です。

古くから有名な男性の指輪の代表格は、カトリック神父の指輪でしょう。

信者は、神父に相まみえるとその指輪にキスをする習慣があります。

女性の装身具は、首飾り(ネックレス)や耳飾り(イヤリング)、腕輪(ブレスレット)。西洋の王や女王の肖像画などでも、王の指には大ぶりの指輪、女性はきらびやかな首飾りや耳飾りをしています。ページ上部のクレオパトラも首飾り、耳飾りに対して、シーザーは指輪でした。

イングランド王ヘンリー8世肖像画 両手の指に大ぶりの指輪をしています。

フランスの貴婦人アンナの肖像画。ロザリオネックレス、イヤリング、ブレスレットに羽の扇子を持っています。

なぜ指輪が男性で他の装身具は女性向けだったのか?これには男女の骨格の違いが影響されていると言われています。

例えば、(日本の)男性の中指サイズの平均は20号に対し、女性の平均値は11号。体格が半分という訳ではありませんが指サイズは約半分。女性の指は細いです。その細く小さな指にフィットする指輪を金銀宝石材料で細工をするには、小さすぎて制約が大きいのです。従って女性もののリングは、どれも似たようなデザインになりがちです。逆に男性に比べてか細そい首には首飾りが似合います。うなじ、鎖骨から胸元にかけてのセクシーラインに綺麗な飾り物は女性ならでは。そしてその首飾りと合せた耳飾り。

対して指輪は、神父や教皇、そして王や貴族の装身具ですから「男性の富と権力の象徴」でした。

ちょっと遠回りの説明ですが、小職が本屋で見つけた「西洋の紋章とデザイン 森譲著」で勉強したのですが、西洋の王族、貴族などの男性は成人すると一人に一つづつの「紋章」が与えられるそうです。日本の家紋とは違いますね。古代・中世の王族貴族は、常に戦争に備えていました。そこで自分の軍隊の旗や楯にマークを入れる訳ですが、そのマークが貴族一人一人別の紋章になるとの事。

右は有名なイギリス王室の紋章です。

欧州貴族の親の紋章が右向きのライオンなら息子の紋章は左向きとか・・・。

余談ですが、世界的に有名なイギリスの劇作家シェイクスピアの家は貴族では無く商人だったが、貴族と同等の権威のあるジェントルマンの称号欲しさに、紋章を発行する役所の紋章院にワイロを重ねて紋章を得たという有名なストーリーもあります。

そして、その紋章をあしらった金銀製の大型の指輪を着けます。「シグネットリング」というもの。同盟関係先に出す密書の封筒の裏に、色付のロウを垂らしてシグネットリングで封をして「これは間違い無くワタクシが書いたモノ」を証明するのに使われました。

シグネットリングは、ラテン・ゲルマン・アングロサクソンの欧州人種に共通の文化だったらしく、イタリアでは今でも一部では封蝋を使うそうです。バーボンウィスキーの「メーカーズマーク」のボトルの赤い封蝋のデザインが有名ですね。

この画像のような両腕まで細工がなされたシグネットリングが、現代のカレッジリングの原型と言われています。

当然、細かな細工を施した金銀の大ぶりの指輪がお安いワケありません。誰もが作れるモノでは無く、その代価を払える男性だけの「富と権力の象徴」だったのです。

そのシグネットリングは、貴族階級制度を取らないアメリカ合衆国において作られる事は無かった訳ですが、1800年代後半にアメリカ陸軍士官学校(ウェストポイント)の卒業生達によって、「同窓の証し」として年号や名前が刻まれた「Class Ring」が作られたそうです。ウェストポイントは、同期生のうちの1人は将来参謀総長になるというエリートコースです。

これらが写真で残っている20世紀初頭のウェストポイント士官学校カレッジリングです。当時のカレッジリングは、今のような大粒のセンターストーンが載ったモノではなく、限りなく欧州のシグネットリングに近いものだったようです。

その伝統は、ウェストポイントからアナポリス(海軍士官学校)やアイビーリーグの各校から全米的に広まります。

Florida State University Division of Student Affairs President’s Ring Ceremony 2018

そして学歴エリートとは違う分野では、プロスポーツで優秀な成績を収めた「=MLB/NBA/NFLでの優勝」選手が、アメリカンドリームの象徴アイテムとしてド派手なチャンピオンリングを作った・・・っていう発展形になるワケです。

現代カレッジリングの主流の大粒人工石の乗ったタイプが確立されたのは、人工石が量産される1960年代後半以降の事。そこから現代に至るカレッジリングの史実は、WPP社発行のムック「男の指輪」が年代別写真付きで事細かく紹介してくれています。

「指輪は男の装身具」「カレッジリングは男の指輪」の論法がおわかり頂けましたでしょうか?

文責:Philip College Ring代表 渕上 祥司

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